歯と歯茎の境目に、まるで鉛筆で引いたような細い黒い線。痛みはないし、小さな変化だからと、見過ごしてしまいがちですが、それは「根面う蝕(こんめんうしょく)」と呼ばれる、厄介な虫歯の始まりかもしれません。根面う蝕とは、歯茎が下がって露出した歯の根(歯根)の部分にできる虫歯のことです。特に、中高年以降の方に多く見られる虫歯のタイプで、静かに、しかし着実に進行していく特徴があります。私たちが普段「歯」として認識している頭の部分(歯冠)は、人体で最も硬いエナメル質で覆われています。しかし、歯の根の部分は、セメント質という薄い層の下は、すぐに象か質という柔らかい組織になっています。この象牙質は、エナメル質に比べて酸に対する抵抗力が非常に弱く、虫歯菌が作り出す酸によって、いとも簡単に溶かされてしまうのです。歯周病や、強すぎるブラッシングなどによって歯茎が下がると、この無防備な歯の根が口の中に露出します。この部分に歯垢が溜まると、虫歯菌は待ってましたとばかりに酸を産生し、虫歯を引き起こします。これが根面う蝕です。根面う蝕の初期段階は、歯の根元が白く濁ったり、薄茶色に変色したりすることから始まります。そして、徐々に黒っぽい線状や、帯状の虫歯へと進行していきます。この虫歯の怖い点は、いくつかあります。まず、「痛みを伴いにくい」ことです。ゆっくりと進行するため、神経が刺激に慣れてしまい、しみるなどの自覚症状が出にくい傾向にあります。そのため、本人が気づかないうちに、歯の根元をぐるりと一周するような、広範囲の虫歯に発展していることも少なくありません。また、治療が難しい点も挙げられます。歯の根元は、削るのが難しく、詰め物も外れやすい場所です。広範囲に進行している場合は、歯を大きく削らなければならず、歯の強度が著しく低下してしまいます。歯の根元に現れた、痛みのない黒い線。それは、あなたの歯の土台が静かに蝕まれ始めているという、重大な警告です。手遅れになる前に、この小さなサインを見つけたら、すぐに歯科医院で診てもらいましょう。