「マウスピース」と一括りにされがちですが、ラグビーやボクシングなどのコンタクトスポーツで使用される「スポーツ用マウスガード」と、歯科医院で歯ぎしり治療のために処方される「歯ぎしり用マウスピース(ナイトガード)」は、その目的、材質、設計思想が全く異なる、似て非なるものです。この違いを理解せず、スポーツ用マウスガードを歯ぎしり対策に流用することは、非常に危険な行為であり、絶対に避けるべきです。まず、根本的な「目的」が違います。スポーツ用マウスガードの第一の目的は、外部からの強い衝撃、つまり、相手選手との接触や転倒時の打撃から、歯の破折、唇や舌の裂傷、そして脳震盪などを防ぐことです。いわば、突発的なアクシデントに対する「鎧」や「ヘルメット」の役割を果たします。一方、歯ぎしり用マウスピースの目的は、自分自身の筋肉が生み出す、持続的で強大な内部からの力(噛む力)から、歯の摩耗や顎関節を守ることです。こちらは、慢性的な自傷行為に対する「サポーター」や「緩衝材」と言えるでしょう。この目的の違いが、「材質」の違いに直結します。スポーツ用マウスガードは、強い衝撃を吸収するために、弾力性のある柔らかい素材(EVAなど)で作られています。この柔らかさが、外部からの衝撃を和らげるクッションとなります。しかし、この柔らかい材質を歯ぎしり対策に使うと、グミのような噛み心地が、逆に無意識の噛みしめを誘発し、歯ぎしりを助長してしまう危険性があります。対して、歯ぎしり用マウスピースは、主に硬い樹脂(レジン)で作られます。この硬さが、歯がすり減るのを防ぎ、安定した噛み合わせを提供することで、顎の筋肉の緊張を緩和させるのです。設計思想も異なります。スポーツ用マウスガードは、主に上の歯に装着し、厚みを持たせることで衝撃吸収性を高めます。一方、歯ぎしり用マウスピースは、上下の歯が均等に当たるように、噛み合わせのバランスをミリ単位で精密に調整しながら設計されます。スポーツ用マウスガードで、この精密な噛み合わせを再現することは不可能です。両者は、名前は似ていても、用途も機能も全くの別物。歯ぎしりの悩みは、必ず歯科医師に相談し、治療目的に特化して設計された、適切なマウスピースを使用してください。