通常、歯の麻酔は数時間で自然に切れ、元の感覚に戻ります。しかし、ごく稀に、治療後、数日から数ヶ月、あるいはそれ以上にわたって、唇や舌の痺れが残ってしまうことがあります。これは「麻酔後知覚異常」や「偶発症」と呼ばれる状態で、患者さんにとっては非常に大きな不安を伴うものです。なぜ、このようなことが起こるのでしょうか。その原因と、万が一そうなってしまった場合の対処法について、知っておきましょう。歯の麻酔が切れない、という状態の主な原因は、麻酔の注射針が、下顎の骨の中を走行している「下歯槽神経(かしそうしんけい)」や、舌の感覚を司る「舌神経(ぜつしんけい)」に、直接触れてしまったり、傷つけてしまったりすることです。特に、下の親知らずの抜歯の際には、この下歯槽神経が歯の根と非常に近い位置にあるため、そのリスクが他の部位に比べて高くなります。注射針が神経に触れると、患者さんは「ビクッ」とした、電気が走るような鋭い痛みを感じることがあります。多くの場合、神経に一時的な刺激が加わっただけで、機能は回復しますが、ごく稀に、神経線維が損傷し、麻痺が残ってしまうことがあるのです。また、麻酔薬そのものによる神経毒性や、注射後の内出血による血腫が神経を圧迫することも、原因として考えられています。症状としては、「唇や顎の皮膚の感覚が鈍い」「触っても、一枚皮を隔てたような感じがする」「舌の片側の味覚が分かりにくい」「ピリピリ、ジンジンとした違和感が続く」といったものが挙げられます。もし、治療の翌日になっても、明らかに痺れが残っている場合は、できるだけ早く治療を受けた歯科医院に連絡し、その旨を伝えることが重要です。放置しても自然に治ることもありますが、早期に治療を開始した方が、回復の可能性は高まります。治療法としては、神経の回復を助けるビタミンB12製剤や、血流を改善する薬、あるいはステロイド剤などの「薬物療法」が中心となります。また、レーザーを照射して神経の再生を促す「星状神経節ブロック」や「レーザー治療」が行われることもあります。回復には、数週間から数ヶ月、時には一年以上と、長い時間がかかることもありますが、多くは徐々に改善していきます。これは非常に稀な偶発症ですが、万が一の可能性として、このようなリスクがあることも、頭の片隅に置いておく必要があるでしょう。
麻酔が切れずに痺れが残る?知っておきたい偶発症