顎がカクカク鳴る、口が開きにくい、といった症状で知られる「顎関節症」。しかし、この病気が、まるで歯が痛むかのような「歯痛様症状」を引き起こすことがあるのは、あまり知られていません。実際、虫歯だと思って歯科医院を訪れたけれど、検査をしても歯には全く異常がなく、実は顎関節症が原因だった、というケースは非常に多いのです。なぜ、顎の問題が歯の痛みを引き起こすのでしょうか。その鍵を握るのが、「筋肉」と「神経」です。顎関節症の主な原因の一つに、顎を動かすための筋肉、すなわち「咀嚼筋(そしゃくきん)」の過度な緊張や疲労があります。代表的な咀嚼筋である、こめかみの「側頭筋」やエラの「咬筋」が、歯ぎしりや食いしばり、ストレスなどによってこり固まってしまうのです。この筋肉の緊張によって生じる痛みを「筋・筋膜性疼痛」と呼びます。筋肉内にできた「トリガーポイント」と呼ばれるしこりのような部分が、痛み信号の発生源となり、その痛みは、筋肉そのものが痛むだけでなく、そこから離れた別の場所に「関連痛」として現れることがあります。そして、この咀聞筋の関連痛が、しばしば「上の奥歯」や「下の奥歯」に現れるのです。患者さんは「奥歯が浮いたような感じがする」「ズーンと重く痛む」と感じますが、実際に痛んでいるのは歯ではなく、その近くにある筋肉なのです。さらに、顔の感覚を司る「三叉神経」も関わっています。顎関節や咀嚼筋の異常な情報が三叉神経を介して脳に伝わると、脳がその情報の出どころを勘違いし、歯が痛いと誤認してしまうこともあります。顎関節症による歯痛様症状を見分けるポイントは、痛みが特定の歯に限局せず、奥歯全体や顎の広範囲に及ぶこと、そして痛みが鈍く、持続的であることが多い点です。また、顎を動かした時に痛みが強まったり、顎の関節雑音や開口障害を伴ったりすることも重要なサインです。原因不明の歯の痛みに悩んだら、一度、顎関節症の可能性を疑ってみる必要があります。
顎関節症が引き起こす歯のような痛み