「歯ぎしり用のマウスピースを着ければ、歯ぎしりそのものが治るんですよね?」これは、歯科医院で非常によく聞かれる質問の一つです。しかし、残念ながらその答えは「ノー」です。この点を正しく理解しておくことは、治療への過度な期待を避け、現実的なゴールを設定する上で非常に重要です。マウスピース治療の本当の目的は、歯ぎしりという癖そのものを「治す(根絶する)」ことではありません。その真の役割は、歯ぎしりによって引き起こされる様々な有害な事象、つまり「歯のすり減りや破折」「顎関節への負担」「筋肉の過緊張」などから、あなたの体を「守る」ことにあります。いわば、地震そのものをなくすことはできなくても、免震構造の建物で被害を最小限に抑えるのと同じ考え方です。歯ぎしりの根本原因は、ストレスや不安といった心理的な要因、あるいは睡眠中の無意識下の脳の活動など、現代医学でも完全にはコントロールできない領域にあります。そのため、マウスピースを装着したからといって、夜間のギリギリという行為が完全に止まるわけではないのです。では、マウスピースは意味がないのでしょうか。もちろん、そんなことはありません。マウスピースは、歯ぎしりという避けられない力と、あなたの体との間に介在する、強力な「緩衝材(クッション)」なのです。マウスピースを装着することで、上下の歯が直接接触しなくなるため、歯が削れるのを防ぎます。強大な噛みしめの力を装置全体で受け止め、分散させることで、特定の歯や顎関節にかかる破壊的な圧力を劇的に軽減します。結果として、顎の筋肉の緊張も緩和され、顎の痛みや頭痛、肩こりといった関連症状が改善されるのです。つまり、マウスピースは「原因療法」ではなく、「対症療法」であり、症状を管理するための装置と考えるのが正しい理解です。歯ぎしりを「治す」のではなく、「歯ぎしりのある自分と、いかにダメージなく上手に付き合っていくか」。マウスピースは、そのための最も現実的で効果的なパートナーなのです。この真実を受け入れることが、長期的な視点での歯ぎしり治療の成功につながります。
マウスピースで歯ぎしりは治る?その誤解と真実